運動会の練習が嫌いだった。

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最近、子どもたちが保育園や小学校から帰ってくると、やけにテンションが高かったり、落ち着きがなかったりして困っていた。

夫が言った「疲れてるんじゃない?」という一言で理解した。子どもたちはどうやら、連日の運動会の練習で疲れているのだった(うちの子たちは疲れると、やけにテンションが上がる)。

これは早く寝かせなければ、と最近はいつもより早く布団にはいるようにしている。

こないだ、11歳の息子が夜、布団に隠れて静かに泣いていることがあった。びっくりして理由を聞くと、組体操の練習がしんどいという。息子はみんなと同じように頑張っているのに、怒鳴られてしまうとのこと。夏休み明けからずーっと辛かったのだという。そして「もう運動会当日は出たくない」と。

どおりで最近息子の様子がおかしかった。やけに甘えてきたり、ものすごく反抗してきたり。全然気が付いてあげられてなかった。学校でしんどいのを頑張っていたのだ。

でも、本番は出たくないけど、練習は行くという。そっか…偉いな。

そんな息子の話を聞いて、私も小学校の頃、運動会の練習が心底嫌で、心を無にしてやっていたことを思い出した。

あの組体操とか、みんなで音楽に合わせて同じ動きをしてカタチ作るやつって、何の意味があるんだろう。ちょっとでも動きが遅れると怒られたりして。運動場で裸足になることにも何か意味があったのだろうか。痛いだけだし。

運動会のあれらは学校の先生が「ほーら、こんなに上手に指導できましたよ、私たち」と見栄を張りたいためだけにしているような気がする。なにか子どもたちのためになっているんだろうか。

運動するって、もっと気分爽快で楽しいことなのに、小学校のとき、あの練習するのは本当に嫌だったなぁ。

と思って、息子にもそう言った。運動会の練習ってやだよねって。

そしたら、不登校の友だちがいるけど、その子は運動会の練習が嫌で6月くらいから休んでるんやでと教えてくれた。そっかー。そんな理由で不登校になるのか。まぁ、嫌なもんは嫌だよねぇ。

私もホント嫌だったから、まぁ、本番出なくてもいいんじゃない?とチラッと思っている。と、そこまでは言えなかったんだけど。

そんなことを話したのが先週末。

今日は学校から帰ってきたら、組体操で「こんなの習ったよ」と言って、楽しそうに習った動きをして見せてくれた。今日の練習は苦痛じゃなかったのかなとホッとしていたら、「でも本番は出ないし」と言っている。本番は出ないと決めたから、心が軽くなったのかもしれない、と思う。

明日ひとまず担任の先生に相談してみようと思う。組体操は一人欠けると、困るだろうしな。

あぁ、どうなるかなぁ。

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この記事を書いた人

江角悠子

1976年生まれ。京都在住の文筆家・編集者、ときどき大学講師。ブログでは「ふだんの京都」をお伝えするほか、子育てエッセイも。コーヒー・旅・北欧・レトロ建築をこよなく愛す。

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