

大阪の新歌舞伎座で、野田秀樹の公演『華氏マイナス320°』を見てきた(ネタバレ含むので、もし見に行く予定の方いましたら、読み飛ばしてください)
野田秀樹さんは、劇作家・演出家・役者として有名なので、名前だけは知っていたけれど、演劇を観るのは初めて。全くの初めてで様子も分からない上に、今回の舞台は10年前に起こった「やまゆり園の事件」を題材にしていたため、とても深く考えさせられる場面が多くて、今日もまた朝からずっと考えている。
「やまゆり園の事件」とは、模原市の知的障害者施設で発生した大量殺人事件で、戦後最悪の悲劇とも言われている。この事件が題材になっていると教えてもらったので、見る前に事件についてざっくりと調べてから行った。その犯人は「しゃべれるか、しゃべれないか」で刺す人を決めていたということも分かっていて、それはあらかじめ知識として理解していったのだけど、それをいざ舞台上で見せられると、とてもショックだった。
障がい者の命の在り方とか、優生思想について、どこまで言っていいのか、感想を話すのもはばかられるなぁと思った。友だちともなんか話しづらい。
私は、自分が常に誰かの役に立つ人でありたいと思っている。それだけ聞くと良さそうな感じもするけれど、裏を返せば、役に立たない自分ではダメだと思っていることにもなる。仕事もなかなかゆっくり休めないし、何かに失敗すると、「お前は本当にダメな人間だな」「使えないやつ」という悪口が、私の中から聞こえてくる。そういう言葉は、そっくりそのまま、同じような行動をした人にも、私は(無意識にでも)思うのだろう。
たまたま、今の私は身体に障がいがないかもしれないけれど、事故や病気で、いつ障がいを持つようになるかは分からない。年を重ねれば、若い頃に出来たことも、ちょっとずつ出来なくなっていくだろう。そのとき、私は「役に立たない自分」をどう保っていくのだろう。
もっと友だちといろいろ話したかったのだけど、話そうとすると涙が出てきそうになって、うまく言葉に出来なかったので書いてみたのだけど、やっぱり難しいな。
今朝は、英会話レッスンの先生にも「演劇を見てきたよ」という話をした。障がいがある人というのは、英語で、People with disabilitiesという。すると、セブ島出身のその先生が、まさに大学で専門に学んでいたことが、People with disabilities だったという。思わぬ展開で、いろいろ深く話すことになった(が、つたない英語で全然話せない)。
なぜそのテーマを専門にしたのか聞くと、フィリピンではアメリカで仕事をすることが一番良いゴールになっているそう。なのでみんな英語をしっかり学ぶし、特に看護の仕事はアメリカでも高収入につながる。そういった背景もあって学んだのよ、今は英語の先生をしてるけどね…とのことで、そんな話を聞いて、これまた考えさせられた。そうか、フィリピンでは、そういう考え方なのかと新しい世界を見た気がした。
なんか重いテーマが入り口だったけど、私はそういう知らない世界をもっと知りたくて英語を勉強し始めたので、英語を話すことで新しい文化、知らない世界をかいま見れたのは、よかった。さらに英語を学ぶモチベーションにもなった。
あ、テーマが壮絶すぎて忘れていたけれど、阿部サダヲとか、広瀬すずとか、深津絵里とか俳優陣の演じるエネルギーがすごかったからこそ、いろいろなものを受け取り、ここまで深く考えているのかもしれない。本を読んだり、映画を観たりするのとは全く違う、これほどに感情が揺さぶられる体験というのは、やっぱり生でのやり取りだからこそ、なのかもしれない。
一緒に観劇に行ったライターのさとゆみさんがこんな本をお薦めしてくれたので、読んでみることにした。

