
大学でインタビュー講座をした。ふだん受け持っている講義とは別に、「こむらさき」という冊子作りを取り組んでいる大学生向け。
インタビューを控えている大学生に、インタビュー前にすること、当日気を付けたいこと、終わった後にすることなどを伝えて、実際にインタビューをする体験をしてもらう。
ふだんから誰もが「インタビュー」とまではいかないまでも、「人の話を聞く」ことはしていると思う。誰もが何気なくしている当たり前のことだからこそ、ちょっと聞き方を変えるだけで、ものすんごい差がつく。
人の話を聞くというのは本当に高等な技術で、私はインタビューの仕事をするようになってから、いかに自分が人の話を聞いていなかったのかを痛感した。人の話を聞いてその場では分かったつもりになっていても、いざ聞いたことを原稿にしようとすると、何も書けない。理解していない。ふんわりと雲を掴むようにしか聞いていないことは、言葉に落とし込むことができない。
インタビュー以外で気を抜くと、だいたい私は人の話を聞いていない。
特に聞くのが難しいのが、親しい人、家族の話だ。インタビューをするようになって、私は練習と思って、試しに夫への話の聞き方を変えてみた。すると「え、夫ってそんな人だったんだ」と初めて知ることがたくさんあった。何も知らずによく結婚したなというくらい、私はふだん夫の話を聞いていなかったなぁと思った。
娘が小学校低学年だったころ、クラスの男の子によくちょっかい出されて嫌だという話をするようになった。私は、単に「ふーん」と思っていた。へー。そうなんだ。毎日、その男の子の話をするので、むしろ、その子のことが好きなのかな?と思っていた。仲良しだなと。
で、ある日突然、娘が泣いて学校に行きたくないと言い出した。
不登校か?
私は慌てた。なんで?学校で何かあったの?いじめ??? そんなこと何も言ってなかったじゃない。娘に問いただした。すると、あの男の子が毎日ちょっかいを出してくるのが嫌だから、もう行きたくないんだと言う。え、あの男の子?ちょっかい出されて、遊んでいたんじゃなかったのか???ただ、子ども同士でじゃれていたかと思っていた。全く違った。
そのとき私は本当にびっくりしたのだ。寝耳に水と感じたけれど、娘はちゃんと私に毎日「嫌だ」と訴えていたではないか。こんなにも思い詰めるまで、私は1ミリも気が付いていなかった。そのことにがく然とした。私は一体何を聞いていたのか???
初めて事の重大さを理解して、それはクラス担任を超え、校長先生を巻き込むくらいのおおごとになったけれど、結果、娘はまた学校に行くようになった。
最初から、私がちゃんと娘の話に耳を傾けていれば、こんなに娘が追いつめられることもなかったのに。人の話を聞くことの難しさ、親しいほど難しく、本当に気を付けなければと思った出来事だった。
ライター歴20年、1,500人以上インタビューしてきた私も、こんな感じだ。
人の話を聞くことは難しいからこそ、ちゃんと人の話を聞ける人というのは、際立つ。
そして、緊張するインタビューの場では、ふだんよりうまくできない。ふだんから、友だちの話、家族の話をちゃんと聞くようにして慣れていると、本番でもやっと普通に聞ける(でも普通に聞くだけでは原稿を書くのはたぶん難しい。商業ライターが原稿に書かなければいけないのは、聞けなかった、まだ言語化されていない言葉だったりする)。
昨日の講義の最後、大学生が自ら、「ふだんから練習しておこうと思いました」と言ってくれて、あぁ、伝わったんだなぁと思ってうれしかった。

