川上未映子「きみは赤ちゃん」読了〜読み終わると我が子を抱きしめたくなる。

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前々から気になっていた本、川上未映子さんのエッセイ「きみは赤ちゃん」をようやく読み終えました。作家・川上未映子さんが妊娠するまでと妊娠してから、出産して1歳になるまでの子育ての様子がそれはもう克明に綴られたエッセイ。私もあのとき感じていた、言葉にしたくてもできない、でも残しておきたいこの気持ち…そのモヤモヤ全部を、的確かつユーモア溢れる活字にしてくれていて、そうそれが言いたかった!代弁してくれて、ありがとうありがとうと思いながら読んだのでした。これが作家か、と思い知る表現力。

 

 

川上未映子のエッセイ「きみは赤ちゃん」読了

あまりに素晴らしくて、覚えておきたい言葉もたくさんあり、付箋をつけながら読んだ結果、こんなことに。例えば、高齢で妊娠したら「出生前検査」をするかどうか悩む人もいると思うけれど、川上さんの場合。まず検査をするのか否か。安心したいから検査をするのか?果たして検査して異常があったらどうするのかと悶々と悩むわけですが、出産するということに対して友人が言った言葉が素晴らしく、この一文を読んだだけで涙がじわりと出てきたのです。その言葉とは、

「おなかの赤んぼうは100%こちらの都合で作られた命で、100%こちらの都合で生まれてくるのだから、それならば、われわれはその『生』を100%の無条件で、全力で受け止めるのが当然じゃないのだろうか、それが筋、ってもんじゃないのだろうか」

そうか、そうだな、そうだ。これはものすごく腑に落ちた。私も検査をしようかどうしようかチラリと頭をかすめたことがあって、でも検査はしないと決めて(いや、するのが怖かったのかもしれない)、どんな子でも受け入れよう、育てようと思ったときのなんというか、力強く小さな決意を思い出した。

産後の寝不足とか育児の大変さ、しんどさについても、そうそれ!と膝を打ちたいくらい、的確な表現で書いてあり、これはもう寝かしつけの大変さとか全然分かってないお父さん方に熟読してもらいたいくらいなんである。このエッセイは、母子手帳と一緒にこれからお母さんお父さんになる全ての人が読んだ方がいいんじゃないだろうか。まじで。

私は率直に思った。赤ちゃんがかわいいとかかわいくないとか、そういうのと別の次元で、「眠れない」ということが精神と肉体をどれだけ破壊するものなのか、わたしは自分が体験するまで、そんなことまったく知らなかった。

〜中略〜

うとうとしたら冷水をかけられるみたいにして起こされ、意識がもうろうとするなか、産後でぼろぼろのからだをまるめて、ずうっと同じ姿勢でかちかちのおっぱいをふくませつづける。首も、肩も、背中も限界。泣きつづける赤ちゃん。そりゃ涙もとまらなくなるよ。泣いてるんじゃなくて、もう、ただただしんどくてしんどくて、限界で、涙がかってにたれてくるんだもの。

子どもの可愛さについて触れているところでは、

たとえば、ある日。わたしは赤ちゃんを抱っこしながら、なんとなーく、ふつーうのこととして、誰にもきかれてなどいないのに、「この子のためだったら、まじで死ねるな」と実感した。この子の命とひきかえに死ねますか、ときかれたら、信じられないことに、これがもう即答で死ねるという実感がいつのまにか宿っているのだった。

〜中略〜

わたしはこの子のためになら死ねる。というより、なにがあってもこの子が死んだりしないでほしい…そう思うとまた悲しくなって、ウッウッとおえつがはじまってしまうのだった。

そう、まじで死ねる。赤ちゃんだった息子をそんなふうに思いながら抱っこしていたことを思い出し、わたしの母親もまたそんな風に思っていただろうに、娘を飲酒運転の事故で亡くしたのだから、果たしてそれはどんな気持ちだろうと思うと、わたしもまた涙が出てくるのでした。

産後の仕事復帰に関しては、

オニ(赤ちゃんのこと)と、それはもう本当にしあわせとしかいいようのない、なんでもない時間をゆっくりと過ごす。本当にしあわせで、こんなしあわせってあったのかと驚きながら、本当にしあわせだなあとため息をつく。でも、少しすると「いま、このときにしかできない仕事があるのじゃないか、いちばんがんばらないといけないじきなのに」と思って、焦って、じっとしていられなくなる。

〜中略〜

そして時間を見つけてパソコンに向かって仕事をしていると、だんだん「二度とはめぐってこないオニのこんな大切な時期に、わたしはなぜ仕事などしているのだろう。オニはあっというまに大きくなって、そしてすぐにいなくなってしまうのに」と罪悪感で苦しくなって、身動きがとれなくなってしまうのだ。

 

川上さんが、「24時間仕事をして、そして24時間子育てをしたい」と書いていたけど、わたしも本当そう思っていて、どちらも大事でどちらも全力でやりたいと思うのだけど、そんなことはまったく無理で、同じように悩んでいる人がいるのだなあと分かっただけで、なんだか救われた気持ちになったのでした。

読み終える頃には、すっかり忘れていた、あんなにも愛おしく思って育てていたことを思い出し、大きくなってしまった息子がまた可愛らしく思え、本を読んだその日はぎゅーっと抱っこをしたのでした。でもやっぱり憎まれ口きく立派な8歳になっていたけれど。

子育て真っ最中の人はもちろん、これから子育てする人も、終わった人も、全然そんな予定もない人にも、とにかく全力であらゆる人が読んだらいいのになと思う。最初、夫のことを「あべちゃん」と呼んでいたのに、途中、夫にキレて「あべ」と呼び捨てになっているところなど、本当川上さんの魅力溢れる感じで、あぁ、本当に面白いエッセイでした。

 

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感想(12件)

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この記事を書いた人

江角悠子

1976年生まれ。京都在住の文筆家・編集者、ときどき大学講師。ブログでは「ふだんの京都」をお伝えするほか、子育てエッセイも。コーヒー・旅・北欧・レトロ建築をこよなく愛す。