妹の代わりを生きるのはもうやめた。

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2月8日は、1999年に交通事故で亡くなった妹の誕生日。今年もやってきた。当たり前だけど毎年くる。今年も花を買ってきて仏壇に飾った。娘が折り紙でチューリップを作ったのでそれも一緒に飾ってみた。

二十歳で亡くなって、今年もし生きていたら41歳だなぁって思って。

でもよくよく考えたら、生きていたら今年は42歳だった。

「あぁ、歳を間違えるなんてゴメン」ってふいに思ったあとで、41歳だろうが42歳だろうが、どうせ20歳で死んでるのにって思ったら、なーんかアホらしくなった。

どうせ死んでんのに。41でも42でも、どっちだっていいじゃんと思ったとたん、泣けてきた。


昨年、カウンセリングを受けた中で気が付いたことがあった。

私は、妹が死んでからずっと妹の代わりになろうとしていたのかもしれないなぁって。

妹は当時まだ二十歳。留学を夢見てバイトを掛け持ちし、せっかく100万円も貯めていたのに。旅行にも行って、結婚もしただろうし、子どもを産んで子育てして、これからたくさんの経験をしただろうに。

経験が浅いまま死んでしまった私の妹。夢を果たせず死んでしまって、私は本当に無念だった。

将来になんの夢も持っていなかった私が生き残ってしまった。私が死ねばよかったのにって、何度思っただろう。

そこからきっと私は、妹ができなかったことをやっていこうって無意識に思ったんだと思う。嘆き悲しむ両親のために、私が妹の代わりになろうとでも思ったのかもしれない。

「結婚なんて地獄だ」と思っていたのに、急に結婚したくなったのも、子を産んでみたいと思ったのも、子育てするという経験をしたいと思ったのも、根底には、それが叶わなかった妹のためだったんじゃないか。妹が経験できなかったことを、私が経験して見せてあげたかったんだなぁって。親に孫を見せて、妹ができなかったことを私が叶えてあげてるんだなぁって。自分では気付いてなかったけど、自分がけなげすぎて泣ける。じゃあ、私の人生は? 私の人生はどこに行ったんだろう。

そして思った。もう妹の代わりを生きるのはやめようって。私は私のために生きようって決めた。

妹が死んでから21年。

私はもう十分にやった。もう今からは、私は私で生きていいよねって思ったら、すーごく気持ちが楽になった。

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この記事を書いた人

江角悠子

1976年生まれ。京都在住の文筆家・編集者、ときどき大学講師。ブログでは「ふだんの京都」をお伝えするほか、子育てエッセイも。コーヒー・旅・北欧・レトロ建築をこよなく愛す。

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