この不定期連載では、心おだやかな日々を実現するために、私が実践していること、気付きをエッセイにしてお届けします。
40代に入った頃、ゆるゆるとやっていた朝の瞑想が習慣となりました。すると「日々、おだやかに暮らしたい」という思いが強くなり、そのためにできることをいろいろやってみるようになりました。
コーチングやカウンセリングに行きはじめたほか、ふだんの暮らしの中で運動を習慣化したり、パーソナルトレーニングに通ったり…そうやって、心と体を整えることをしていると、徐々に望んでいた「おだやかな暮らし」が叶っていっているような気がします。
それまで落ち込んだり、不安になったり、怒りが抑えられないことがあったり、なかなかに生きづらい日々だったのですが、瞑想を習慣化するようになってから、心の平穏な時間がだんぜん増えてきたのです。
そして自分のやりたいことが明確になり、これまで人の顔色ばかりうかがって生きていたのが、「自分を大切にすることの意味」に気が付くなど、瞑想を始めたことで、まさに私の人生が大きく動き出したような気がしています。
瞑想との出会い
そもそも瞑想に興味を持ちはじめたのは、20代後半、会社帰りにヨガ教室に通うようになってから。ヨガの最後には必ずサバーシャナ(死体のポーズ)をする時間があるのですが、この気持ちよさにすっかりハマってしまったのです。
サバーシャナは、マットの上に仰向けに寝ころんで、目を閉じて何も考えずリラックスするポーズで、これがものすごーく気持ちよく、この時間を味わいたいがために80分かけてヨガをするようなものだと思っていたほどです。
その後、ヨガ教室はやめたものの、ヨガをする心地よさを知っていたので、家でDVDを見ながら自分でヨガを始めるようになります。すると、どうもポーズの取り方が独学になってしまっていたようで、1人でヨガをすると腰を痛めてしまう。それで瞑想だけをするようになり、徐々に瞑想に目覚めていきました。
瞑想の楽しさ!
瞑想をすると、いかに「今」に集中することが難しいかを実感しました。
静かに座って、1〜10を数える。
たったこれだけのことをする間にも、雑念が浮かび上がりまくってきます。数字をかぞえていたはずが、いつのまにか過去のことや、これからのことについて考えて、勝手に不安になったり落ち込んでしまっている自分がいます。
過去はすでに済んでしまったことであり、未来はまだ起こっていないことなのに、頭の中で考えているだけで、こんなにも不安になったり、どうしようと思って落ち着かない気持ちになるのは、とても不思議でした。
だって「今」の私は、朝の光の中、ただ座っている=おだやかな状況そのものに身を置いているのにも関わらず、頭の中だけ勝手にそんな世界を繰り広げているのです。
どんなに数を数えようとしても、そんなことに邪魔され続け、いつまでたっても10にたどり着けない自分に出合い、私の心はこれほどに「今」以外のことに意識を奪われているか!と驚きました。
でもどんなに考えないようにしても雑念が浮かび上がってきます。そんなときは、「あぁ、また考えごとしてしまったなぁ」と一歩引いてみて、再び数を数えるということを繰り返しました。
10まで数えるつもりがいつの間にか15まで数えてしまっていたり。
そんな自分を面白く見ている自分に気付くという感覚です。
>次回へつづきます