10/4のトークイベントで配るZINEは、私がエッセイを書くのではなく、友人にエッセイを寄稿してもらって作っている。エッセイのテーマは「江角悠子との思い出」。
【寄稿メンバー(五十音順)】
・作家 太田明日香さん
・自己表現ワーカーアカデミープロデューサー 碇たみ子さん
・小説家・ライター 寒竹泉美さん
・ライター 佐藤友美さん(さとゆみさん)
・インスタグラマー しょ〜こさん
・ライター 堀香織さん
・コミュニティーマネージャー 松田洋平さん
かつて「恨めしく見上げていた」雲の上のライターさんと、飲み友達になるまで
寄稿してくれるメンバーの紹介、本日はライターの大先輩、さとゆみこと佐藤友美さん。
さとゆみさんのことは、おそらく10年くらい前に知った。ネットで「ライター」と検索したら出てきたのだと思う(たぶん)。当時、さとゆみさんは増田という名前で活動していた(さとゆみさんは離婚歴があって名前が変わっていることは、ご自身の著書でも書いていることだけど、私がそのことを知るのはずいぶんあとになってから)。
私がさとゆみさんをネットで見つけたとき、さとゆみさんは子どもを連れて、セブ島あたりに1ヶ月ほど親子留学をしていた。記事を読むと、自分が執筆に集中したくて、子どもには語学学校に通わせ、その間、自分は原稿を書いているという。子どものレッスンが終わるまで原稿を書き、レッスン後は一緒に海やプールで泳ぐ。子どもが疲れて昼寝を始めたら、また自分は原稿を書くという。記事にはプールサイドらしい場所で、ノートパソコンを広げるさとゆみさんが映っていた。優雅すぎる。夢だろうか?
当時私は、ライターとしての働き方に迷い、子育てにも消耗していた時期だった。私はライターとしてドン詰まりなのに、一方でこんなにも楽しそうで、自由な働き方をしているライターさんがいるのか!と、頭を殴られたような衝撃を受けた。
その後、さとゆみさんはいつしか増田さんから佐藤さんに代わり、その間、ベストセラーを生み出すような仕事もバンバンしていた。元々手の届かない存在だったのが、はるか遠くで輝く星みたいな感じになって、それでも私はときどき思い出したように、さとゆみさんがいる場所を恨めしく見上げていた。その頃、Webライターがもてはやされ、ライターが増える一方で、1円ライターなんていう言葉も生まれ、単価の安い案件も多く、消耗しているライターが多い中、さとゆみさんという存在は羨ましくもあり、一方で希望だなぁと思っていた。ちゃんと稼いで、ちゃんと楽しく仕事をしているライターさんがいる、ということが。
そんな遠い憧れ、ただのファンだった私が、今ではさとゆみさんと一緒にご飯に行ったり、お酒を飲んだり、旅までする仲になり、とても不思議な気持ちでいる。当時、さとゆみさんは東京に住んでいたのに、京都にいる友だちより頻繁に会っているんじゃないかという時期もあった。そしてついに、さとゆみさんは京都にも家を借りて、二拠点生活に突入し、物理的な距離もグッと縮まった(うれしい)。
ただのファンだった私が、どうやってさとゆみさんと出会ったのか。その不思議なご縁については、さとゆみさんが今回のZINEに寄稿するエッセイに書いてくれた。
ベストセラーを何冊も生み出した書き手に、自分のことを書いてもらえるという幸運に震えるほどだし、そんな書き手から、私のことはそんな風に見えているのかということが知れたのが、今回なによりも嬉しかった。
でも、さとゆみさんのようなライターになりたいと思って、ずっと遠くから見ていて、いざ仲良くなって近くに行ったら、少しでも近づけるのか?と思いきや、改めて、「私はさとゆみさんにはなれないのだな」ということを突きつけられた瞬間があった。
そのときはショックだったけど、それでよかったなと逆に諦めがついた。私ごときがさとゆみさんのようなライターになれるわけがない。でも、ならなくてもいいじゃないか。私は結局、私でいることしかできないなぁと気づかせてもらえたのは、圧倒的存在感のあるさとゆみさんを近くで見たからだった。
リアルで出会ってまだ5年しか経っていないのだけど、ものすごい勢いで影響を受けて、いろいろ変わらされている。あと、引っぱり上げてもらえている。私の「行きたい」と憧れる場所へ。「こっちだよ」と手を引いて連れていってもらえている感覚がある。ベタな喩えでアレだけど、本当に太陽の人だなぁと思う。まぶしくて見られないときもあるくらいなのを含めて、みんなを明るく照らす太陽。
結論。憧れの人には、近くに行った方がいい。たぶん、それだけでいいことがある。遠くから見ているだけでは分からなかった、いろいろなことを知ることができる(見えていることはほんの一部でしかない)。





